Q:いつになったら、仕事は楽しくなりますか?──仕事に行きたくなかった猫月の話

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記事サムネイル。右に膝を抱えて座る女性の姿。何かを悩んで、悲しんでいる表情をしている。 みんなのQ&A

こんにゃちは、猫月です🐱

先日、こんな質問をいただきました

「いつになったら、仕事って楽しくなりますか?」

日曜の夜になると、気持ちが沈んでしまうんだそうです
いわゆる、“サザエさんシンドローム”ですね

……うーん、難しい質問です

なぜなら
私も、仕事に行きたくなかった時期があるからです

今日は、そんな昔の話と、
今の私が考えていることをお話しします

「こうすれば楽しくなる」という回答は難しいですが、
ひとりの保育士が、どう心構えがどう変わってきたか
という話をしていきましょう

保育士になってから5年目まで、
私はずっとしんどい思いをしていました

4年目の終わりには、
園長へ「もう仕事へ来たくありません」
と伝えていたほどです

何がしんどかったのか
振り返ると、大きく三つあったと思います

いちばんしんどかったのは、これです

わからないことがあるなら、先輩に質問すればいい
でも、何がわからないのかがわからない
だから、何を聞いていいのかもわからないんです

やっと聞けても、返ってくるのは
「普通さー」
先輩の中の常識を基準にした答えです

今ならわかります
一度知ってしまうと、知らなかった頃の自分が想像できなくなる
心理学でいう「知識の呪い」ですね
先輩にとっては、本当に「普通」だったんだと思います

でも当時の私は、
「普通がわからない自分は、普通ではないのだ」
と受け取っていました

保育がうまくいかなかったとき、先輩たちからよくこう言われました

「私ならこうするけど、あなたはどう考えてたの?」

先輩の考えが先に出ると、そちらが「正解」になります
そのあとで「私はこう考えていました」とは、もう言えない
言いづらいというより、返答の道が塞がれているんです

そこで口ごもっていると、
「この人は何も考えていない」という評価になる

実際は、拙いながらも考えて動いていたんです
でも、それを共有する機会がなかった

この二つをまとめると、
「正解を求められるしんどさ」だったんだと思います

保育の世界では「保育に正解はない」とよく言います
でも実際には、先輩たちの頭の中にある正解を当てにいかなきゃいけない場面がたくさんある

いわゆる「空気を読む」作業です

そうなると、仕事の方向性が変わってきます
「いい保育をする」ことから、
「先輩に指摘されない」ことが主題になってくる

少なくとも、私はそうでした

たぶん、今の新人さんたちも似たような状況なのではないでしょうか

そんな私が変わるきっかけになったのが、
5年目に組んだ「師匠」です

保育士5年目に出逢った師匠の話
私は20年近く保育に携わっていますが、仕事を続けていられるのは、5年目に組んだ“師匠”の存在が大きいです。メチャクチャ怖い先輩でしたが、一緒に組んだことで様々なことを学ばせていただきました。師匠と組む前年は転職も考えていたんですよ?今回は、保育士として育ててくれた先輩の話です。

最初に言われたのは、こんな言葉でした

「あなたは、基本的なことを何も教わってない」
「だから、実習生だと思って相手をする」

これ、今になって思うと、
物差しをゼロに戻してくれたんだと思います
「普通はできるはず」からではなく、
「何も知らない」ところから始めてくれた

そして何より大きかったのが、話の順番です

師匠はまず「あなたはこう考えていたんでしょう?」
そのあとに「こういう時はこうするのよ」「これはやっちゃダメよ」

先に私の考えを言葉にしてくれるから、
「あ、考え方自体は合ってたんだ」と思えるんです

もちろん、お説教はたっぷりありました
正直、5年目もめっちゃきつかったですw
師匠は、決して甘やかしてはくれませんでした

でも、同じ「しんどい」でも、中身が違った
それまでは、ひとりで抱えるしんどさ
5年目は、自分の考えを実行するしんどさ

今思うと、否定されなかったから救われた、というより、
「考えている人間」として扱ってもらえたから、なんだと思います

保育士は、子どもの行動には理由があると考えますよね
でも、新人の行動となると、
理由を聞く前に「合っている/間違っている」で見てしまうことがある
師匠は、子どもに向けるのと同じまなざしを、
私にも向けてくれていたのだと思います

そんな師匠が、自分の保育士人生をこんなふうに語ってくれたことがあります

この言葉は、
質問の「いつ楽しくなりますか?」への、
ひとつの答えではあります

でも、今の私はこう思うんです
「50代まで楽しくないのは、しんどいよね」
「20代でも、保育の面白さは感じたいよね」って

師匠のおかげで、保育と向き合えるようにはなりました
でも、保育が「面白い」と思えるようになったのは、もう少し後です

師匠と組んでの1年間、
民間研修などにも積極的に参加し、
自分を向上させることに注力してきました

こういう遊びをすると、子どもたちは楽しいと思ってくれる
保育士である私も、この遊びは楽しいと感じられる

そういう学びを得ることができました

それと同時に、感じることがありました

「自分は、保育士に向いていない」

毎日の保育と、学んだ技法を繋げる
そのリンク部分が思い浮かばなかったからです

例えば、新沢としひこさんの「バナナくんたいそう」

とても楽しいのですが、
「これを1歳児と遊ぶには?」
「どう導入する?」
「ここから、どう発展させる?」

といったことが思いつかない

単発、ブツ切れな保育になってしまうのです

師匠にもその実感を伝えましたし、
園長にも、年度末の他部署への異動を願い出ました

そして私は、新年度を新しい職場で迎えることになりました

ただし、そこも保育園だったのです

その新しい環境で、
まずは師匠との1年間で学んだことを、とにかくぶつけるしかないと、
腹を括ったのでした

異動してからも、四苦八苦は続きます
師匠のような先輩には、系列園であっても、
なかなか出会えるものではないのです

また、私には一つの課題がありました

異動前の園長から、
「あなたの“気遣い”は、特筆すべき能力だと思う」
「先に気づいて対応してくれるのは、本当に助かっている」
という評価をもらっていたことです

自分の仕事に自信のなかった私にとって、
それは矜持とも呼べるものでした

ところが、この気遣いが空回りし始めるのです

今でこそ「空気を読まない」私ですが、
当時は空気を読みまくっていました

頼まれていない残業をしたり、
相手が気づく前に仕事を片付けたり、
会議でも発言をためらったり

これは、なかなか辛い状況でした
自分の長所と信じた気遣いのために、
仕事でババを引くことが多くなったのです

この状況が一変したのが、8年目のことです
ターニングポイントは、ふたつありました

ひとつは、当時の園長からの助言でした

「君は、空気を読みすぎるよね」
「会議でも、言いたいことを引っ込めているでしょう?」
「“いい人”と“いい保育士”は、必ずしも合致しないのよ」

いい保育を目指すのであれば、
時には同僚とぶつかることもある
そう諭されたのです

もうひとつは、アドラー心理学との出会いでした
研修で初めてアドラーに触れたときは、
雷に打たれたような衝撃でした

この園長の言葉と、アドラー心理学との出会いを通じて、
私はひとつの結論にいたります

「自信を持って保育をする必要なんてない」

これまでの私は、
「自信がない」ことが仕事の足を引っ張っていると思っていました

でも、気遣いがそうだったように、
長所は状況次第で短所にもなります
だったら、「個性」として受け止めていれば十分だと思うようになりました

それに、アドラー心理学を学んで気づいたのです
保育や教育で大切な考え方やスキルは、
すでに研究者たちが見つけてくれている
だから自分は、それらを現場で使えばいいのだ、と

自分ひとりで最適な保育を模索し、
自分の能力を高めようとするのは、
とてつもない労力が必要です

私はこういう時、料理に例えて考えるのですが──
切れる包丁や、調理しやすい鍋は、すでに世に出回っています
料理する人に自信があろうがなかろうが、
切れる包丁は切れる包丁ですからね

一流シェフのような料理は難しくても、
日々のお腹を満たす料理には十分だと思います

便利な道具(スキル)の使い時さえ自分で考えれば、
子どものための保育は実践できる

だから、「自信を持つ」ことをやめたのです
そして、自信を気にしなくなってから、
肩の力がふっと抜けたのでした

これは以前の記事でもお話ししたことがありますが──

例えば、5歳児の配置基準25:1を考えたときに、
5歳児25人「を」保育すると考えると辛いですが、
5歳児25人「と」保育するなら、そこまで辛くないと思っています

この考えに至ったのも、アドラー心理学があったからです

アドラー心理学を学び続ける中で、
『幸せになる勇気』という本と出会いました

その一節に、教室は民主主義国家である、というものがあります
学級の主権者は教師ではなく、生徒たちである
という内容が解説されていました

私は、これは保育にも当てはまると感じました

それまでの私は、「子どもたちを保育する」と考えていました
子どもを、大人の意図に従わせる保育です
だから、子どもが思った通りに行動しないと、しんどくなっていた

それが、「子どもたちと保育する」に変わった

クラスを引っ張るのではなく、子どもたちの輪の中に入る
必要だと思う環境を整えたら、
「あとは、あなたたち次第」と任せちゃう

すると、子どもの姿を見ながら「面白い」と感じられるようになりました
だって、一緒に遊んでいるんですもん

この実践に関しては、
「子どもの成長を感じる瞬間」という記事を読んでいただけたらと思います
手形スタンプで遊ぶのに、インクには触れたくない1歳児の姿とか、
なかなか面白いと思いますよ

でも、こういった保育の話をすると、
「それは理想だけど……実践は難しいでしょう?」
という感想もいただきます

ただ、アドラーの考えに近い実践をされている方を私はお二人存じております
一人は、元千代田区立麹町中学校長だった工藤勇一さん
そして、もう一人は茶々保育園の理事長をされていた迫田健太郎さんです

私はありがたいことに、生前の健太郎さんとお会いする機会がありました
茶々保育園では、保育園ながらに子ども主体の保育を展開されていて、
当時は、給食の時間ですら、子どもたちが食べたいときに食堂を訪れられるようにしていたほどです

書籍にある「教室は民主主義国家である」という考え方と、
お二方の学校や保育園の運営での実践は、
私にも勇気を与えてくれました

話を最初の質問に戻します

仕事がいつ楽しくなるのか?
私が答えるなら、こうなるでしょう

「仕事がいつ楽しくなるのかは、正直わからない」
「でも、保育を面白くするのは、自分次第だと思う」

「楽しい」は、向こうからやってくる気持ち
「面白い」は、自分から見つけにいけるもの
なんじゃないかな?と、私は思っています

子どもは「面白そう」と思ったら、やる
そのためには、まず大人が面白がることが大事だと思います

1歳児と遊んでいても、
本気で腹ばいをする
本気で寝転がる(どんぐりごろごろ)
本気で手遊びをする

……まぁ「手をたたきましょ」で、最後にガチの泣き真似をしたら、
子どもがつられて泣いちゃったこともあるので、
ほどほどが大事な場合もありますがw

猫月を遊具にする子どもたち──彼らの「面白い」から考える保育環境
保育士の背中に乗る、身体の下をくぐる、頭をコンロにする──子どもは大人まで遊びの素材に変えていきます。子どもの「面白い」を観察しながら、保育士自身も環境のひとつと捉えて、遊び・発達・保育環境について考えます。

職場の後輩と保育の話をしたときに、私はこう伝えました

「私のやり方を伝えることはできる」
「でも、それをそのまま実践するのは難しい、とも思う」

技術を身につけるには、
理解と実践の繰り返しが必要ですからね

でも、
どうしたら、子どもに「面白そう」と感じてもらえるか?
この問いは、何年目でも考えられると思うんです

経験を重ねれば、状況に合わせた選択肢は増えます
「この状況は、あのときに似ている」と思えますから
でも、子どもの「面白そう」を考えるのに、経験年数は関係ありませんからね

ただ、ひとつだけ正直に書いておきます

保育が面白くなれば、仕事がずっと楽しいかというと、
そういうわけでもありません

子どもと過ごす時間は面白くても、
職場の人間関係や、業務の忙しさで、
行きたくない日はやってくると思います

事務や業務を円滑にこなすのは、
また別の知識と技術ですからね

私自身、その後も山あり谷ありでした
今でも、しんどい日はあります

だから、今つらい人に
「保育を面白がれば、仕事が楽しくなるよ」とは言いません
しんどいときは、しんどいと言っていい
ひとりで抱えなくていい

私は園長に「仕事へ来たくない」と伝えましたしね
職場の中でも外でも、
素直に話せる相手がいるということが大事だと思います

ただ、しんどい日があっても、
子どもと面白がれる瞬間があると、
私はちょっとだけ踏ん張れるんです

師匠は「50代で楽しい」と言いました
私が面白いと思えるようになったのは、
8年目以降、アドラー心理学との出会ってからでした

どちらも、そこにたどり着くまでは、
自分で耐えるしかなかったのかもしれません

でも、私には師匠がいました
「あなたはこう考えていたんでしょう?」と、
先に私の考えを聞いてくれる人がいた

いつの間にか私も、アラフィフ
あの頃の師匠と同じくらいの年代に差し掛かってきました

だから今度は、私が後輩の考えを聞く側でいたい
50代まで待たなくても、保育を面白がれるように

「こんなことしたら、面白くないですか?」という声に、
「面白そうだね、やってみよう」とひと押ししていきたいと思います

あなたにとって、保育の「面白い」はどんなときですか?
その面白さ、子どもと一緒に感じてみませんか

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