こんにゃちは、猫月です🐱
子どもと一緒に絵本を読んでいると、
時々「これ、楽しんでるのかなぁ?」という反応を目にすることがあります
何と言いましょうか……無表情?
でも、読み終わると「もっかい」と言われるので、
きっと子ども自身は楽しんで読んでいるのでしょう
ご紹介するのは、そんな真顔で子どもが楽しむ1冊──
五味太郎さんの『そら はだかんぼ!』(偕成社)です
偕成社から1979年7月に出版された絵本で、
出版社のおすすめ年齢は3・4歳ごろから
なのですが、
私は保育園では2歳児クラスの子どもと一緒に読むことも多い絵本です
そして、この絵本を読んでいて面白いのが、
子どもたちがあんまり笑わないんです
ほとんどの子が、読んでいる間はほぼ真顔
声を出すこともなく、
口元を歪めることもなく、
でもページをめくる手は止まらないという不思議な反応です
絵本の紹介というと、
「子どもたちが大笑い!」
「何度読んでも大喜び!」
なんて言葉を使いたくなるのですが、
『そら はだかんぼ!』を見ている子どもたちは、どうも様子が違います
「もっかい」読んでも、真顔で見ている(笑)
いったい、何をそんなに真剣に見ているのでしょう
🦁ライオンが服を脱ぐ?
物語の始まりは、とてもシンプルです
ライオンが猫を追いかけていて
「食べちゃうぞー!」と捕まえたところで、
ライオンくん!
おふろ ですよ
はだかんぼに なりなさい
と声が掛かり、ライオンくんは言葉に従い始めます
でも──
ライオンが、はだかんぼになるって、なんでしょうね
たてがみ?
毛皮?
そもそも、ライオンって服を着ていたっけ?
大人なら、この時点で「いやいや(笑)」と内心ニヤニヤしてしまうかも
ところが、小さな子どもは案外笑わない
真顔で見ています
そしてライオンくんは、
おもむろに脱ぎ始めるのです
ライオンくんがはだかんぼになると、
そこにいたのは、くまでした
🐻ライオンだったのに、くま?
ここが、この絵本の面白いところです
さっきまで確かにライオンだったのに、服(?)を脱いだら、くまになる
大人なら、
「ああ、ライオンの着ぐるみだったのね」
と簡単に整理できます
でも、小さな子どもにとっては、
「ライオンだったのに、くま?」
という出来事そのものが、なかなかの衝撃なのではないでしょうか
もちろん、実際にどう捉えているかはその子によるでしょうけれど、
「次はどうなるんだろう」と考えているのかも……
「なんでライオンがくまになったの?」と理解しようとしているのかも……
あるいは、その両方なのかも知れません
だから私は、あの真顔を「わからない表情」とは思っていません
一所懸命、絵本の中で起きていることを受け取っている顔なんじゃないかな、
と感じています
👕そして、くまも脱ぎ始める
さらに面白いのは、そのくまも服を脱ぎ始めることです
くまが はだかんぼに なるなんて おかしいね
そう──
ライオンが脱いだらくまだった
では、
くまが脱いだら、どうなるのでしょう?
(大人の皆さんは察しがつくと思いますが)
ここから先は、ぜひ絵本をめくってみてください
『そら はだかんぼ!』は、
ページをめくるたびに、何かが脱げて、何かが見えてくる絵本です
子どもたちもよく知っている動物のライオンが、
服を脱ぐという絵本ならではの展開があって、
最後には子どもが自分を投影しやすい
お風呂へ入る“誰か”へと近づいていきます
ただ、ライオンから最短距離では、
子どもの共感しやすい“誰か”にはならないんですね
途中に、くまを挟む
いわば、中継地点とも言いましょうか
「ライオンじゃなかった!」と思ったら、
「あれ?くまだったの?」と思わせておいて、
そのくままで脱ぎ始める
この、一段の演出があるから、
「実はなんなのさっ?!」という、
子どもの興味がより深まるんでしょうね
五味太郎さんの作品は、
なんつーか、「素直じゃねぇなぁ(笑)」というところが面白い
(あ、この面白さは大人だから感じるものですけど)
ライオンが脱いで、くまが出てきて、そのくまも脱ぎ始めて──
一枚ずつ“ガワ”を剥がしながら、空想の世界から少しずつこちら側へ近づいてくる
この妙な中継地点が、私はとても好きです
🤔知っている。でも、確かめたい
大人は、一度読んだ絵本なら展開を覚えています
二回目なら、
「次はこうなる」
と、ほとんど確信しながらページをめくります
でも、2歳くらいの子どもたちを見ていると、
もう少し違った読み方をしているように感じます
前にも読んだことあるよ
前はこうなったよ
だから、
「たぶん、今回もこうなる」
とは思っている
でも、それを大人と同じくらいの確信で捉えているかというと、
ちょっと「違うのかも……」とも思っているみたいです
だから、もう一度ページをめくる
そして、
「やっぱり!」
を確かめる
また読む
また予想する
また確かめる
同じ絵本なのに、何度でも真剣に見る
子どもにとってくり返し読むことは、
単に「知っている話をもう一度聞く」だけではないのでしょう
知っている物語を、もう一度自分で確かめる時間
『そら はだかんぼ!』には、その面白さがたっぷり入っているように思います
😄そして、最後に笑う
そんなふうに途中までずっと真顔で見ていた子どもたち
でも、この絵本
くまくんもはだかんぼになったところで、笑顔を見せる子が多いんです
私は、この「最後に笑う」という姿がすごく好きです
それまで、
「なんだ?」
「どうなるの?」
と真剣に見ていたものが、
最後までたどり着いて、ようやく腑に落ちる
もちろん、子どもが本当にそう感じているかはわかりません
不思議なライオンとくまが、
実はよーく知ってるものだった、
という安堵感かも知れませんしね
でも、
ずっと真顔だった子が、最後にふっと笑う
その姿まで含めて、
『そら はだかんぼ!』という絵本を楽しんでいるように、
私は感じています
🧑🧑🧒おうちなら、もっとゆっくり読める
私は普段、保育園でこの絵本を読んでいます
そこで見ているのが、ここまで書いてきた子どもたちの姿です
では、おうちで一対一で読むならどうでしょう
保育園よりも、もっとじっくり子どものペースで読むことができます
子どもがページをじっと見ていたら、そのまま待つ
何か言いそうなら、待つ
「次、どうなると思う?」と聞いてみてもいいし、
もちろん、何も聞かなくてもいい
ページをどんどんめくって、最後まで物語を届けることだけが
絵本の楽しみ方ではありません
『そら はだかんぼ!』は、
子どもが考えている時間ごと、
一緒に楽しみやすい絵本だと思っています
真顔でじーっと見ていても、
「楽しんでいないのかな?」
と心配しなくても大丈夫
そんな表情の奥で、ページの向こう側を一所懸命に考えている最中なんだと思います
🫧風呂の準備も、ちょっと面白くなるかも
この絵本は、お風呂に入る準備を描いています
でも、「お風呂に入りたくなる絵本です!」
と紹介するつもりはありません
ただ、『そら はだかんぼ!』の世界をたっぷり楽しんだあとなら、
子どもが服を脱ぐ時に、
「ライオンくんみたいに脱いじゃおう」とか、
「服を脱いだぼくは、くまくんだ!」なんて、
絵本の世界が少しだけ入り込むこともあるかも知れません
「お風呂に入るから服を脱ぐ」
という生活の一場面に、フィクションが入り込む
そうやって、いつもの生活が少し楽しみに変わる
この絵本には、「お風呂が楽しみになる」力もあるとか、ないとか──
🎯笑っていなくても、楽しんでいる
子どもが絵本を楽しんでいる姿というと、
笑う
声を上げる
手を叩く
セリフを真似する
そんな目に見える反応を想像しがちです
真顔でじっと見る
何度も同じページを確かめる
くり返し読んでほしがる
そして、最後にようやく笑う
それもまた、絵本をたっぷり楽しんでいる姿なんだと思います
大人にとっては、何度読んでも同じ物語
子どもにとっては、「次はどうなる?」を、何度でも確かめられる物語
五味太郎さんの『そら はだかんぼ!』は、
そんな子どもの“推し量る楽しさ”を、じっくり味わえる絵本だと思っています
この絵本を一緒に読むときには、
ページを見つめている子どもの顔も、そーっと眺めてみてください
じーっと、真顔のまま──でも、
その表情の奥で、子どもはきっと絵本の世界を、
深く深く自分なりに堪能していると思いますよ
▶️ 真顔で五味さんの作品に触れてみたくなりました?

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