砂場で遊びが重なったら?──遊びを「スライド」させる、安全への配慮と工夫

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砂山に登る子どもと、バケツやスコップ、電車のおもちゃが並ぶ砂場のイラスト。同じ砂場で複数の遊びが重なる様子を表している みんなのQ&A

こんにゃちは、猫月です🐱

前回は、砂場に稜線のある砂山を作って、運動遊びを楽しむお話をしました

砂場でどう遊んでますか?──砂山で育む運動遊び
砂場遊びといえば、感触遊びやままごとが楽しいですね。でも実は、運動遊びの場にもなるんです。稜線のある砂山を作ると、3歳未満児は足元を読みながら登り、崩し、踏ん張ります。山の高さの目安や、想像から外れた「線路遊び」のエピソードも紹介します。

ところが、実践の話を聞いたムツキから、
こんな意見がありまして──

ムツキ
ムツキ

砂場ではいろいろな子が遊んでいるのに、
ままごとの横で山なんか登ってたら、ぶつかったり踏まれたりするじゃない
安全に遊ぶのに、砂場だけで保育士を何人置くつもりなのよ?!

猫月
猫月

そうそう、その話だったね
結論から言うと、人を増やして見張るんじゃなくて、
環境の工夫で安全に過ごせるようにするって感じかな

ムツキ
ムツキ

環境の工夫で?安全に?
……ふーん、まずは話を聞かせてもらおうじゃない

今日は、同じ砂場でいろんな遊びが重なったとき、
子どもたちと大人が何をしているのか、お話ししていきます

子どもが複数いれば、
砂場では、いろんな遊びが同時に広がります

こっちでは、ままごと
あっちでは、山登り
砂山のふもとでは、線路遊び

それって、安全なの?
踏まれない?
ぶつからない?

心配だから、どれかの遊びを止めたくなる
というか、保育士が想定している遊びを優先したくなる
それは人情だと思うんです

でも、止める前に、ちょっと見守ってみてほしい

もちろん危ない場面では止めますが、
子どもたちは、案外自分で安全な遊び方を選んでいるんですよ

ままごとをしている子は、落ち着いて遊びたいんですよね
だから、山登りで賑やかになってくると、
雑踏からそれとなく離れていく子が多いです

料理の邪魔をされたくないですし、
大人や友だちとのやり取りを楽しみたいですからね

ワーキャーした雰囲気の中には、いたくないのだと思います

前回登場した、ふもとの凹みを線路にした子
山を登る子とは、どうしても場所がかぶります

すると、どうなるか

山は動かせないと了承しているのか、
線路の子が迂回することが多いんです

踏まれそうなところを避けて、新しく線路を掘り始める
そもそも、砂が減っていたところを線路に見立てただけですからね
自分で掘っちゃえば、また遊べる

見つけた線路が、自分で作る線路に変わったわけです

ムツキ
ムツキ

ちょっと、それって譲ってる子が
我慢してるだけじゃないの?

猫月
猫月

そう見えるよね
でも、その子は迂回した先で、新しい線路で遊びを続けてるんだ
我慢してあきらめたなら、遊びはそこでしぼむはずでしょ?

「ここだと踏まれそう」
「あっちなら遊べる」
状況を自分なりに整理して、遊びやすいほうを選んだのだと思います

「どいてよ!」と揉めるより、
そっちのほうが楽しく遊べると判断できたなら、
それは子どもの育ちと言えるのではないでしょうか

とはいえ、譲る子ばかりでもないですし、
同じ子でも譲りたくない時もあるわけで、
そこはしっかり大人の見守る目が必要です

子どもの成長を感じる瞬間──うわっ、そうきたか!
子どもの成長は「できるようになった瞬間」以外にも感じられます。保育の中で出会った4つのエピソードを通して、子どもが大人の想像を超える瞬間と、その背景にある育ちを考えます。「うわっ、そうきたか!」と思えたとき、そこに成長があります。

とはいえ、何でも子どもに委ねるのが良いかといえば、
そういうわけでもありません
年齢や、子どもの個性によって、関わり方は変わります

同じ未満児の子たちでも、
3歳に近い子なら、
あえて声をかけず、自分たちで気づくのを待つほうに比重を置きます

一方で1歳児なら、環境構成でぶつかりにくくしておきます

例えば、
・ままごとがしやすいテーブルを、一方に寄せておく
 →自然と、ままごとをしたい子はそちらへ寄っていく
・遊びの境界に、それとなく保育士が立つ
 →違う遊びをしている子ども同士の接触を防ぐ
といった対応が考えられますね

「年齢で」とは言いましたが、
未満児は月齢差も著しいですし、
子どもやその時の状況次第で対応は変えています

立ち位置や、子ども同士の距離感は、
実はずっと、それとなく調整&調整ですね

「こう対応する」と一言では言えない、ファジー(曖昧)なところですw

砂山登りが盛り上がってくると、子どもは段々と興奮してきます
楽しいんだから、それは自然なことですわな😄

ただ、夢中になると、周りに気づきにくくなりますよね
麓の子の遊びが、押しやられてしぼんでいくこともあります

そんなとき、私は「やめなさい」とは言いません
大人も楽しみながら砂山に登って、しれっと山を崩しちゃったりします

「わざと山を壊すの?」と思われますよね

これには意図があって、
一度崩れることで、遊びを作り直せる環境にするのです

場所を変えて山をもう一度作ることもできるし、
空いた場所で他の遊びをすることもできますからね

遊びを止めるんじゃなくて、遊びの形を変える
私はこれを、遊びを「スライド」させると考えています

スライドさせる先は、
その子が「盛る」のと「掘る」の、どちらを楽しんでいそうかを見て決めます

山が崩れると、今度は積み直したくなる子が出てきます
すると、遊びのメインが「登る」から「作る」に入れ替わります

ただ、子どもには、私が作るような稜線の山は難しい
掘るのは、そこにある砂をどければいい
でも盛るのは、決まった場所に適量を盛らなきゃいけない
稜線となると、デザインまで必要ですからね

なので、子どもが作るのは小さな山だったり、
富士山みたいな円錐形の山になったりしがち

その場で作って、登って、また作る、
という限られた範囲の遊びになっていきます

稜線を歩くのがメインの子は、
「先生、作って!」と頼んできます

難しいことは外注するw

このとき、保育士は稜線の向きを変えられます
線路やままごとと干渉しない位置に、山を曲げればいいんです

もうひとつ、私がよくやるのが「温泉」です

盛るより掘るほうが、未満児でもやりやすい気がします
そこにある砂をひたすらどかすだけですからね
(個人的な感想ですが)

とはいえ、そんなに深くは掘れません
使えるのは片手持ちのショベルくらいですし、
掘っても周りが崩れて、深くしようにも自然と埋まってしまう

子どもが掘れても、深さは足首くらいまでです
砂の性質が、深くなりすぎないように抑えてくれるんですね

そこを大人が、それとなーく穴をならして、
露天風呂っぽく見せちゃいます

うちの園は砂場のそばに水道がないので、エア露天風呂です
(そもそも砂場は、水を入れても全部染みていっちゃいますけどねw)

面白いのは、ここからです

座って浸かるふりはするんですが、
「湯船に浸かる」だけの模倣って、遊びとして続きにくいんですよね
具体的な動作がないから

よくあるのは、お風呂屋さんになる子たち
「タオルどーぞ」
「(洗い場の)イスはこっちでーす」

やることと役割があると、見立て遊びは続きます
しかも、ひとりで夢中になっていた踏み崩し遊びから、
相手とやりとりする遊びに変わっているんです

2歳児後半、3歳になった子が半分を越えてくる頃には、
近くでままごとをしていた子が合流する雰囲気も出てきます

遊びが「重なって困る」から、
「混ざって広がる」に変わる瞬間です

スライドさせるとき、大人も遊びに入ります

でも、私はあまり遊びの中心には立ちません
何かの拍子に私がいなくなって、遊びが壊れたらもったいないので

大人が遊びに入るのは、要所要所のみです
「遊びは子どものもの」であるよう心掛けています

遊び始めはそばにいても、
少しずつその場から引いて見守りで済むようにしていきます

ムツキ
ムツキ

なるほど……工夫次第で
遊びごとに保育士が必要、ではないということね
でも、実際には何人くらいいればいいのかしら?

猫月
猫月

私は、配置基準くらいの人数で十分だと思っている
子どもの姿に合わせて、見守り方や環境の調整は大事だけどね
子ども自身が安全に気づくというのも、保育には重要だしさ

私の実践や考え方をまとめると、こんな感じになると思います

ムツキ
ムツキ

工夫と環境で安全に遊べることはわかったわ
けれど、一人でこれを全部するのは難しいでしょう?
特に、若手や新人には負担が大きいわよ

猫月
猫月

基本的には、子どもと直接関わる人と、
砂場全体を把握する人がいるといいね
でも、子どもが5人くらいなら遊びがゴチャつくこと自体ほぼないよ

遊びの見守りに必要な目も、その時、その状況で変わります
そこは周囲に声を掛けつつ、チームで連携を取っていきたいですね

山を崩したあと、大人と一緒に作り直す
そんな経験を重ねたら、いつか子どもたち自身が、
稜線のある山を作り始めるかもしれません

でも、それを保育の目標にはしません
砂を均等に盛るのは難しいですし、
3歳未満児にはハードルが高すぎます

目の前の遊びを十分に楽しんだ先に、
副次的に育ちの芽が生まれるなら、それでいい
子どもが自分で「育った」結果ですからね

後輩には、よくこう伝えています

「子どもはできない」ことを前提に保育するんだけど、
「いつかはできる」という期待は持って保育するんだよ

そこにいる子どもの今を見守り、援助するのが保育士
どう育つかは、その子の個性やペースによります
でも、子どもが「育つ」ような環境は整えていくのが、保育だと思います

今回の話で言えば、
今は、大人が山を作る
砂山の作り方を教えて回らないけれど、
いつかは子どもたちが作り出す日が来るかもしれない

必要な援助をすることと、
その援助が要らなくなる日を期待することは、
矛盾しないんです

私は、遊びは本来子ども同士で伝承していくものだと思っています

自分たちが子どもの頃、
公園での缶蹴りも、川での石切りも、
クワガタやカブトムシの見つけ方も、
教えてくれたのは近所のちょっと年上の子たちでした

保育園では、この役割を保育士が肩代わりします

だからこそ「大人が教える」になりやすい

そこに、私は気をつけています

今回の砂場遊びもそうですが、大人が「こんな遊びもあるよ」は提供しつつも、最後は子どもたち自身が遊び込んで、広げていけることが望ましいと思うのです

以前に、いす取りゲームを紹介しましたが、
この時も最終的に、保育士はラジカセを操作するだけでした

「全員座れるいす取り」⁈が面白いって話
「いす取り」って定番の遊びのような気がしますよね。でも、裏を返すと遊び方が決まってしまっていませんか?今日は、いすを減らさない、最後まで全員が座れるいす取りをしたよって話です。「全員が座れるって面白いの?」「競争を無くそうって話?」いえいえ、かなりエキサイティングで面白いんですよ、これがw

遊びは、子どものもの
その保障に徹することで、
安全も、遊びが続くことも、遊びが広がっていくことも守れる

それが「子どもが育つ」ことの援助になるとも思っています

さぁ、今日の砂場はどんな遊びが展開されるでしょう
その子どもたちの姿を、あなたはどう見守っていきますか?

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