こんにゃちは、猫月です🐱
いきなりですが、今日は一枚の絵から

さて──
この画像から、あなたには何が見えますか?
四つ這いになっている保育士
その背中には、子どもが3人
ふくらはぎの上に立つ子がいて、
身体の下をトンネルにしてくぐる子がいて、
しまいには頭をコンロ🍳にされています
はい
保育士、完全に遊具です🤣
「危ないよ!」
「先生の上に乗らないの!」
「降りなさい!」
……という声も聞こえてきそうですね
もちろん、そういう対応も間違いではないでしょう
でも今日は、この姿を
もう少し違う角度から眺めてみたいと思います
保育士は「人」、と同時に「環境」でもある
保育で「環境構成」という言葉をよく使います
机をどこに置くか
どんな玩具を並べるか
棚の配置と動線をどう構成するか
走れる場所と、じっくり遊べる場所をどう分けるか
つまり、
子どもがどう動き、
どう遊ぶのかを考えて、
周囲の環境を整えること
ですよね
でも、子どもの周りにある「環境」って、
物や場所だけなのでしょうか
そこにいる保育士自身もまた、「環境」のひとつ──
なんて考え方もあるのではないでしょうか
子どもは、自由に「使い方」を見つける
子どもがおもちゃで遊んでいる様子を思い浮かべると、
本来の使い方にとらわれていないかがわかると思います
積み木を置いたら、必ず建物を作るわけではありません
車になることもある
食べ物になることもある
スマホになることもある
段ボールだってそうです
家になるかもしれないし、
電車になるかもしれないし、
子どもが中に入れば秘密基地になるかもしれない
大人が、
「これは○○に使うもの」と想定していても、
子どもは自分で思いついた遊び方を見つけます
では、保育士は?
床に座れば、膝は椅子になる
立ち上がれば、ぶら下がり棒になる
四つ這いになれば、背中はアスレチックになり、お腹の下はトンネルになります
頭は……コンロになるらしいです😂
知らんかったわー
私の頭には、そんな機能まで付いていたんか🤔
「先生と遊ぶ」と「先生で遊ぶ」
ここが、私は面白いところだと思っています
大人はつい、
「子どもと遊んであげる」
と考えます
鬼ごっこをする
一緒に積み木をする
絵本を読む
ままごとの相手になる
つまり、保育士が遊びに参加する
でも、この絵の中の私はちょっと違います
参加者というより、素材です
子どもたちは私に、
「こうやって遊んでください」
と頼んでいるわけではありません
目の前に四つ這いの大人がいた
よし、乗ろう
下が空いている
よし、くぐろう
頭が丸い
よし、フライパンを置こう
子どもが目の前にある環境を見て、
「これ、何か面白そう」と
自分で意味を作っているんですよね
そう考えると、
「先生で遊んでいる」
という姿も、なかなか面白く見えてきます
だからといって、何でもOKではない
さて
ここまで書くと、
「じゃあ保育士は、好きなだけ遊ばれていれば良いんですか?」
となりそうですが
それは違うと思います
痛いものは痛い
危ないものは危ない
背中に何人も乗れば、普通に重いです
そして何より、
保育士にも断る権利があります
環境だからといって、
机やすべり台と同じではありません
人ですからね
「そこは痛いから降りて」
「3人は重い。2人まで」
「今は○○ちゃんのところへ行くから、おしまい」
そんなふうに伝えて良い
まぁ、私なりの伝え方をすると──
「私に対する敬意ってもんはないのか!敬意はっ?!」(笑)
むしろ、
自分がやりたいことと、
相手が嫌だと感じることは違う
そこに折り合いをつけて遊ぶことも、
人と遊ぶ面白さのひとつだと思います
子どもの「面白い」には、その子の成長が見える
こうしてオモチャにされながらも、
私が子どもたちの様子を観察しています
背中に乗りたがるのは、なぜ
この子はどうやって登っているかな
ふくらはぎで止めてるのは、ちょっと怖いのかも
くぐりながらも、ボディイメージを掴んできたな
にしても、頭をコンロにするかね……
同じ遊びをしていても、
子どもひとりひとりの興味や、発揮している力は違います
違う遊び方をしていても、
同じ環境にいる動機は同じだったりします
作業療法士から、
「子どもが面白がる遊びには、今その子の育ちが欲しいているものが表れる」
と伺ったことがあります
子どもの興味、動機、遊び方、展開の仕方──
それらを観察することは、
その子の発達の現在地を知る手がかりになります
私は、自分がオモチャにされるのは、その絶好の機会だと思っています
例えば、「背中に登る」だけでも、
どれだけ握力があるか
腕で登っているか、足で登っているか
背中に手で掴まっているか、手放しでもバランスが取れているか
そういったことがわかるのです
身をもって遊ぶ中で、
子どもの面白がっていることを知ることができますし、
今後の保育環境の整備にも役立てられると思っています
そして、コミュニケーションの機会でもありますから、
子どもたちには言うべきことも言います
保育士も、子どもの世界をつくる環境のひとつ
環境構成というと、
何を置こう
どう配置しよう
どんな玩具を用意しよう
そんなことを考えます
もちろん、それは大切です
でも子どもは、
物だけを見て生活しているわけではありません
そこにいる大人の表情
声の大きさ、トーン、抑揚
距離感
動き
そして、ときには身体そのものまで
全部ひっくるめて、
子どもが過ごしている環境なのだと思います
だから私は、
「子どもにとって良い環境を作ろう」
と考えるとき、
部屋の中だけではなく、
自分自身が、子どもにとってどんな環境になっているだろう
と、日がな考えています
……まあ
その結果が、
背中に3人、
脚に1人、
お腹の下に1人、
頭をコンロ1人
なのかどうかは、わかりませんけどね
🎯 せんせいのつかいかた
私の好きな絵本のひとつに
「パパとママのつかいかた」(ピーター・ベントリー/サラ・オギルヴィー/福本 友美子/BL出版)
という作品があります
子ども発想で大人をどう見ているのか、
とてもわかりやすく、
微笑ましくも小憎たらしい作品です(笑)
子どもにとって保育士は、
教えてくれる人でも、
助けてくれる人でも、
一緒に遊んでくれる人でもあります
そして、ときには
遊具にもなります
そんなふうに、
子どもが自分で私たちの「使い方」を見つけられるくらいの余白も、
大事な環境のひとつなのかもしれません
ところで、あなたは
子どもたちにどう遊ばれていますか?

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