猫月にだって、愚痴はある──たまには吐き出すぞ‼︎

※記事内に広告を含む可能性があります
※記事内に広告を含む可能性があります
猫月
猫月

%$って、私が#%&なくちゃ……んだよっ

ムツキ
ムツキ

あれ?猫さん?
……こっちに気付いてない
ってか陰の空気を感じる……っ?!

猫月
猫月

ん?あー、ムツキか
何か私に用があった?

ムツキ
ムツキ

何があったのか知らないけど、
ぶつぶつ言いながら、黒いオーラ纏ってたわよ……

猫月
猫月

ふふ……ふふふ………
そりゃ、私だって人間だからね?
愚痴をこぼしたくなることだって、あるわけよ……

あらためまして、こんにゃちは、猫月です😺

冒頭から、ムツキを少々引かせてしまったのは申し訳ない

ただ、私にだって愚痴をこぼしたい時もあるんです

あるんですよぉぉぉぉ!!

ということで、今回は個人的な吐き出し回です(笑)

……聞きます?
それとも、引き返します?

まず、言わせてほしい

残業するのはわかります、必要な仕事があるのでしょう
ただ──

遅番が鍵を閉めるまでには帰ってぇぇぇ!!

保育園には、最後まで残って戸締まりをする職員がいます
子どもたちが帰ったあと、
使わなくなった部屋から順番に確認して、
窓を閉めて、消灯して、施錠していく

しかし、事務室で仕事を続けている職員がいると、
その周辺の戸締まりができません

閉庁時刻になって、ようやく仕事を終える
そこから机の上を片付けて、荷物をまとめて、着替え始める

……待て、待て、待てぇぇぇい!

閉庁時刻は、帰る準備を始める時刻じゃないからね?!

その人が残っていることで、鍵当番も帰れないんです
こちらは戸締まりを終えて、時間どおりに退勤したい
そして、できることなら、乗ろうと思っていた電車に乗りたい

あなたが数分残ることで、
私は自宅に着くのが30分遅くなるんですよぉぉぉ!!

もちろん、どうしてもその日に終わらせなければならない仕事もあるでしょう

本当に必要な残業なら、
それは個人の問題ではなく、
誰が残るのか、戸締まりをどうするのかまで含めて、
職場として整理すべきことだと思います

でも、戸締りをする職員への声掛けもなく、
閉庁時刻になってから帰る準備を始めるのは違う

あなたの残業によって、鍵当番の残業まで自動生成されています

ということで、もう一度だけ言わせてください

遅番が鍵を閉めるまでには、帰ってぇぇぇぇ!!

同じ自治体が運営する公立保育園なのに、
異動すると書類の書き方や仕事の進め方が微妙に違うことがあります

園ごとに特色があるのはわかります
保育の方法だって、園舎や園庭、子どもや保護者、地域によって変わるでしょう

でもね

共通ルールまで園ごとに変わるのは、どうしてなんだよぉぉぉ!!

少なくとも私がこれまで勤めてきた園では、
園長会議の内容は、会議に参加した園長から職員へ口頭で伝えられてきました

もちろん、園長が意図的に内容を変えているとは思いません

ただ、人から人へ口頭で伝える以上、そこには話す人の解釈が入ります

どこを重要だと感じたのか
どこまで詳しく説明するのか
何を省略するのか

そうしているうちに、同じ保育課から伝えられたはずの内容が、
園によって少しずつ違うものになっているんじゃないの?

……と、私は感じています

書類の書き方が違うくらいなら、まだ「面倒だなぁ」で済みます

しかし、それが薬剤の管理方法となると話は別です

たとえば、消毒に使われるピューラックス®️

以前に勤めていた園では、
・原液は購入時の容器のまま保管する
・使用時には手袋と保護メガネを着用する

と、保育課からのルールとして伝えられていました

ところが、別の園では、
一回分の原液を小さな飲料用ペットボトルへ移し替え、トイレに置いていました

いやいやいや──
同じ自治体の公立保育園だよね?!

ちなみにメーカーも、
誤用や品質の変化、
容器の劣化による液漏れなどを理由に、
別容器への小分けを避けるよう案内しています

よくある質問|株式会社オーヤラックス
オーヤラックス製品に関するよくある質問です。

つまり、これは単なる「園ごとのやり方の違い」ではありません
「安全に関わる」話です

もちろん、すべてを細かく決めて、
各園の裁量をなくしてほしいわけではありません

でも、全園で共通にすべきこと──
特に、安全管理や衛生管理、書類の取り扱いに関することは、
誰が読んでも同じように受け取れる形で示してほしい


少なくとも、全園で共通にすべきルールについては、
園長へ口頭で伝えるだけではなく、
現場の職員も確認できる文書として配布してほしいんです

園ごとにルールが違うんじゃない
共通ルールが文書で示されないから、
園長ごとにルールが変わってしまうんじゃないの?

ということで、保育課にお願いです

共通ルールは、文書化してぇぇぇ!!

公立保育園ですから、税金で運営されています
限られた予算を大切に使う必要があることは、よくわかっています
電気や水を無駄にしないことも、紙を必要以上に使わないことも大切です

ただ──
何でもかんでも節約すればいい、ってものじゃないでしょう???

たとえば、電気代を節約するために、園内の照明をLEDへ交換しました
それなのに、廊下の照明は半分だけ点灯
職員玄関は、職員が出勤してくる時間になっても真っ暗
……LEDに替えた意味は、どこへ行ったの?

もちろん、誰もいない場所の電気をつけっぱなしにする必要はありません

でも、これから人が出勤してくる玄関まで暗くしておく必要があるのでしょうか

出勤したときに玄関が明るい
それだけでも、「今日もここで働くんだ」という気持ちに、少しスイッチが入ると思うんです

反対に、真っ暗な職員玄関から入ると、
なんとなく「出迎えられていない」ような気持ちになる

電気代を節約するために、
職員のモチベーションまで一緒に消していませんか?

そして、節約の話は、子どもたちの遊びにも及びます

「紙を使いすぎないように」
「水を出しすぎないように」
「SDGsだから大切に使いましょう」

言いたいことはわかります
資源は無限ではありませんから、
子どもたちが、物を大切に使うことを知るのも必要でしょう

でも、紙を何枚も使って試したり、
水に触れながら性質を確かめたりすることまで、
「もったいない」の一言で止めてしまっていいのでしょうか

子どもにとって、遊びは単なる消費ではありません
使って、試して、失敗して、もう一度やってみる
その経験は、これから先の社会をつくっていく子どもたちへの先行投資だと思うんです

SDGsは、「とにかく使う量を減らしましょう」という合言葉ではありません
社会を持続可能なものにしていくための目標です

だとすれば、子どもの経験を豊かにすることも、
保育士が意欲をもって働き続けられる環境をつくることも、
持続可能性と無関係ではないはずです

電気や紙や水だけを減らして、
保育士や子どもの意欲まで一緒に減らしたら──

いったい、何を持続させたいの?
と、私は思います

無駄は減らしたほうがいい

でも、必要なものまで削ってしまえば、それは節約ではありません

ということで、お願いです

“節約”の二文字で、みんなの意欲まで削らないでぇぇぇぇ!!

乳児(3歳未満児)の担任をしていると、
床に座るなどして、基本的に子どもと同じ目線で過ごします

床に直座り、ひざをついて遊び、子どもを抱き上げても、また床に座る

そんな生活を半年も続けていると、お風呂に入るたび目に入るんです

ひざ、黒くなってる……

ええ、知ってましたよ
知っていましたとも
乳児の担任は、ひざが黒くなるものだって事くらい!(泣)

いや、ひざだけではないな──
あぐらの上に子どもが座るので、くるぶしにはタコができる
床に手をついて立ち上がるので、手の甲には拳ダコのようなものができる
子どもを抱くことが多いので、肩は前へ入り、巻き肩になる

ひざ、くるぶし、手、肩
乳児担任、全身に仕事の痕跡が刻まれていく……

しかも、毎日これだけ身体を使っているのに、
痩せるほどの運動にはなっていない

身体の節々は痛む
それなのに体重は増える
そして、メタボ検診に引っかかる中年保育士──

こんなに身体を酷使しているのに、なぜ痩せないんだよぉぉぉ!!

乳児が悪いわけではありません
園が悪いわけでもありません
誰かに改善を求めたいわけでもありません

乳児の担任をしていると、こういう現象が起こりがちだというだけです

ふふ、ふふふ……
本当に、ただの愚痴でした

長く働いてきた保育士には、積み重ねてきた経験があります

子どもの姿を見る力
保護者への対応
行事や仕事の見通し
何かが起きたときに、どこへ話を通せばいいのか

そうした経験は、若い職員がすぐに身につけられるものではありません
だからこそ、ベテランの存在は貴重です

ただ──

いつまでも自分が最前線で全部やろうとしないで欲しい

とは思っています

これは、ある年齢になったら現場から退いてほしい、という話ではありません
年齢だけで、その人の役割や能力を決めたいわけでもありません
ベテランが最前線に立つこと自体が悪いとも思いません

でも、定年が視野に入る頃には、
自分が培ってきたものを、後に続く人へ託していくことも考えてほしいんです

経験がある人ほど、自分でやったほうが早い
自分が判断したほうが間違いも少ない
困っている後輩を見れば、代わりに動きたくなるでしょう

でも、それを続けていると、
後輩はいつまでも自分で考え、判断し、責任を引き受ける経験ができません

ベテランがすべてを判断し、調整し、最後には助けてくれる
それで目の前の仕事は回るかもしれない

しかし、その人がいなくなった途端に滞ってしまうのなら、
それは保育園が円滑に回っていたのではありません

その人の経験と力量に、組織が引っ張られていただけです

後進に託すというのは、すべてを放り出すことではありません

自分のやり方を言葉にして伝える
後輩に考えさせ、任せてみる
多少の遠回りや失敗も見守る
そして、本当に必要なときだけ支える

自分が前へ出て仕事を片づけるのではなく、
後輩が仕事を担えるように支える

それも、経験を積んだ職員だからこそできる仕事だと思います

「老兵は死なず、ただ消え去るのみ」であっては困るのです
あなたの経験は、しっかり後輩に残していただきたい

あなたが退職するときに、
積み重ねてきた経験まで一緒に職場から消えてしまったら、
あまりにもったいない話です

ベテランの最後の大仕事は、もしかすると、
「自分がいなくても回る職場をつくること」
なのではないでしょうか

ということで、定年が見えてきた皆さま──
退職の日まで、自分にしかできない仕事をするのではなく、
自分がいなくても回る仕事を残してください

よろしくお願いします!!

保育士として長く働いていると、
少しずつ周囲から指摘されることが減っていきます

経験を積んで、失敗しなくなったからでしょうか

……おそらく、それだけではありません

後輩からすれば、先輩の間違いを指摘するのは勇気がいります
「私が言っていいのかな」
「機嫌を悪くされたら嫌だな」
「どうせ言っても聞いてもらえないだろうな」
そんなふうに思われて、何も言われなくなっている可能性もあります

指摘されなくなったのは、自分が保育士として完成したからではありません

周囲が指摘しにくい立場になっただけかもしれない──
いや、むしろその可能性の方が高いと思っていても良い

ベテランには、後輩を指導する役割があります

仕事の進め方を伝える
間違いを指摘する
必要なときには、厳しいことも言う

それも大切な役割でしょう

でも、それと同じくらい、
自分を律する姿を、後輩に見せること
も大切だと思います

自分が間違えたときには、言い訳をせずに認める
迷惑をかけた相手には、自分から謝る
後輩が助けてくれたときには、きちんとお礼を伝える

後輩に任せた仕事なら、途中で奪わずに見守ることも大事ですし、
後輩と組んだ時に、同じ立場として業務に当たることも大事です

こんなこと、ありませんか?

行事が終了した後──
記録として、レイアウトや物品を写真で保存するのだけれど、
ちょっと自分は仕事が立て込んでいる

だから、「これ、現像してアルバムに入れておいて」と後輩に頼みました

写真の現像と保存くらいの仕事なら、任せても良いだろう

そう思うのは自然なことのようでいて、
請け負った後輩からしたらどうでしょうか?

「自分も仕事は溜まっているのに」
「クラスの保育を抜けなければいけないのに」
「ペアで行事を進めるはずなのに、上位下達なの?」

先輩から「やっておいて」と言われたら、簡単には断れません

先輩として高圧的な態度を取っていなくても、
そこにはやっぱり、バランスの偏りがあることは自覚したいですし、
後輩を尊重する態度や言葉は、大事になってきます

せめて「忙しいところ悪いんだけど」という前置きや、
「私とあなたと、どちらがこの仕事に早めに当たれるかな」といった相談があれば、
後輩の受け止め方も変わると思います

仕事の先輩として、人生の年長者として──
・間違えたときに、どう向き合うのか
・自分より若い職員を、どう尊重するのか
・力を持つ立場になったときに、どのように振る舞うのか

後輩は、そういうところも見ています

経験が増えたからといって、自分の考えが絶対になるわけではありません

誰からも注意されなくなったからといって、
何をしても許されるわけでもありません

経験の長さを、周囲が何も言えなくなるための壁にしてしまえば、
それはもうただの「老害」です──

あの「老害」になってしまうんですよ!

そして、これは特定の誰かに向けた愚痴ではありません

私も、すでにベテランと呼ばれる側です
後輩を指導することに夢中になって、自分を省みることを忘れていないか
経験を理由に、自分の考えを押しつけていないか

誰からも言われなくなったからこそ、自分で自分をチェックしなければならない

これは、私自身への戒めでもあります

ということで、最後に一言

ベテランこそ、謙虚であれ

――私も含めて、ですっ!

最後までお付き合いいただき、ありがとうございます

仕事をしていれば、やっぱり愚痴はあります
そりゃあ、私にだってあるんです
あるんですよっ!!

ただ、私は愚痴を、誰かの悪口にはしたくありません
誰かを悪者にしたところで、問題が解決するわけじゃないですからね

それどころか、悪口を言った自分の気持ちまで、
少しずつ澱んでくる気がするんです

だから、愚痴は吐く
吐き出しながら、自分の気持ちと向き合う
私は、いったい何に引っかかっているのか
本当は、何が不満なのか

言葉にしてみると、
「あぁ、私はこれが嫌だったのか」
と、不満の正体が見えてくることがあります

反対に、
「ん? よく考えたら、そんなに大した話でもなかったな」
と気づくこともあります

愚痴を吐くのは、
誰かを攻撃するためではなく、
自分の中にあるモヤモヤを形にするためかなとも思います

そうやって自分の気持ちを整理できれば、
少しは軽くなることもあります

ま、何が不満なのか明確になったところで、
最終的には諦めることもありますけどね(笑)

童話『王様の耳はロバの耳』では、
秘密を抱えきれなくなった床屋が、
誰もいない場所で穴に向かって叫びます

私の中では、その穴は、裏山にある木の洞です

私は「猫月」というアカウントを、
そんな木の洞のような場所にしたいと思ってきました

あなたが、誰にも言いづらい思いを抱えているのなら
話せる範囲で、そっと聞かせてください

ここで聞いた話を、私から勝手に誰かへ言いふらすことはありません

助言がいらないのなら、助言もしません

正しいか、間違っているかを決めることもしません

ただ、聞きます

どこにも出せなかった言葉を、ここで少しだけ吐き出すことで
あなたの明日が、今日より少しでも軽く、明るくなってくれたら

猫月は、そんな本音を吐き出す「木の洞」でありたいと思っています

コメント

タイトルとURLをコピーしました