私の保育に染みついている漫画10選

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猫月のつぶやき

こんにゃちは、猫月です😺

キツキ
キツキ

猫さーん、お疲れ様でした♪
お休みは、何かされるんですか?

猫月
猫月

キツキもお疲れ様🍵🍡
休み中は、アニメを観たり
漫画を読んだりしてのんびりするよ

キツキ
キツキ

えっ、猫さん漫画読むんですかっ!?
てっきり絵本かビジネス書ばっかり読んでるのかとっ!

猫月
猫月

私のイメージ、偏ってない……?
学生時代ほどじゃないけどね
何歳になっても、漫画は面白いのよ

せっかくの休日
特に予定を決めるでもなく、
部屋の中でのんびり過ごすのもありですよね

ソファにでれ〜んと寝そべりながら、
漫画を読み耽るなんて、贅沢時間はいかがですか?

絵本好きな私ですが、
漫画もそれなりに読んでいます
大人になってから出会ったものや、
わかるようになった作品もたくさんありますしね!

今回は、猫月が個人的にオススメする
漫画10選を紹介します

まずは、落語の漫画からご紹介しましょうっ!

『あかね噺』は、落語家の真打を目指す桜咲茜の物語です

私、集団に話しかけるときや絵本を読むとき、
落語の「まくら」を参考にしているんです

まくらというのは、本題に入る前のちょっとした雑談のこと
最近の話題や、身の回りであったことだったり

あれ、ただの前置きじゃないんですよね
お客さんの空気を確かめて、
これから始まる噺に入りやすくしている

子どもたちの前でも同じで、
絵本を開く前に何を話すかで、
その後の10分がまるっきり変わります


この作品には「気働き」という言葉が出てきます

自分が届けたいものだけを考えるのでもなく、
かといって相手の要望だけに合わせるのでもなく、
お互いが心地よく向き合うために、どんな工夫ができるか

コミュニケーションの話って、
「相手の立場に立ちましょう」で終わりがちですよね

でも気働きは、そこから一歩抜けています
相手に合わせるんじゃない
心地よくいられる状態を、こちらが作りにいく

子どもと、保護者と、同僚と、そして家族と
どんな相手でも、どんな場面でも
これは必要なことだなぁと、読みながら思うのです

以前、「いうことを聞かない子への対応」を書いたときにも、この作品から引かせてもらいました

いうことを聞かない子への対応─どう支える?どう捉える?
「ごはんの時間になっても戻ってこない」「座ってと言っても逃げる」──2歳児の集団行動に悩む保育者さんへ。子どもが“戻ってきたくなる”保育の仕掛け方や、大人が見直したい視点・対応について、具体例を交えてお話ししていきます

はい、こちらはラブコメです(笑)

主人公の上杉風太郎が、
中野家の五つ子(一花・二乃・美玖・四葉・五月)の誰かと結婚する
そこに至るまでの、出会いからの高校生活を描いたストーリーです

でも私、私が注目するのは、
家庭教師である上杉風太郎の振る舞いです

これに関しては、
まるっと1本記事を書いたことがあります

アドラー心理学の「他者の関心事に関心を寄せる」から、
「これからは全員が家庭教師だ」というところまで

作品を知らなくても読めるように書いてありますので、 気になった方はこちらをどうぞ

家庭教師“上杉風太郎”
マンガ『五等分の花嫁』(春場ねぎ©講談社)の主人公“上杉風太郎”を通して、子どもと大人のコミュニケーションや信頼についてお話していきます。「猫月が好きなマンガでしょ?」と侮るなかれ。私が推すからには、ちゃんとロジカルな理由があるのです。ウソだと思う?それは、記事を読んでから判断してくださいませ

Jクラブのユースを舞台にした、サッカー漫画です

この作品、育成のメソッドがふんだんに盛り込まれていて、
ティーチングではなくコーチング 選手自身の気づきを大事にしています

……と書くと、「いつもの猫月の話じゃん」と思われそうですね(笑)

でも、この作品の面白いところは別にあります

描かれているのが、選手目線だということ

「指導者はかくあるべき」というメソッドではなく、
子どもって、こうして気づきを得るんだよ
気づきから、こうして伸びていくんだよ
時には、挫折もきちんと味わってるんだよ

つまり、気づく本人の側からの記録なんです

舞台は高校生年代ですが、
気づいて、試して、うまくいかなくて、また試す
このプロセスに年齢は関係ないなぁと思います
乳幼児だって、同じことをしていますからね

あと、ヒロインのはなちゃんがとにかく健気で可愛い!
私の中では歴代最強ヒロインです(笑)

ドラマにもなった作品ですね

念のため先に言っておくと、
東大合格メソッドの話はしません(笑)

私がこの作品で面白いと思うのは、
「人間って、この環境下だとこんな化け方をするぜ」を
解説しているところです

主人公の桜木は、合格のメソッドを持っています
自分自身が不良から東大に合格していますからね

でも、それを生徒たちにゴリ押しするときと、
サッと引くときがある

今のあいつには、大人の関わりが邪魔になる

それを知っているんです

“正論パンチ”という言葉がありますよね
相手の立場を考えずに、正しいことを押し通すこと

桜木は正論パンチも使います
でも、正論で引き下がることもする

私は、そこが一番面白いと思っています

どうしても大人は、子どもに尽くしたくなりますから
でも、本当に尽くすなら、
自分が邪魔になりそうなときは、引き下がる必要もある

その”引く”実践が描かれているのが、 この作品だと思うのです

競技かるたを描いた、全50巻の群像劇です
(現在は続編「PLUS きみがため」連載中)

少女漫画なのに、ほぼスポ根という(笑)
まぁ、競技かるたは音速の格闘技ですからね

この作品の注目点は、青春真っ只中のかるた部員──
ではなくてですね(笑)

私が見ているのは、彼らを取り巻く大人たちです

千早の師匠である原田先生は、
若い選手たちに向かって、(心中で)こう言い切ります

「君たちは、自分が主役だと思っているだろう?
 だが、君たちも誰かの人生の脇役だ」(意訳)

国語の深作先生は、生き字引のような人ですが、
生徒から 「先生自身の言葉はないのか」と尋ねられて、こう答えます

「教師は、先人の言葉を君たちに届ける立場なんですよ」(意訳)

私は保育士として、
保育園の主役は子どもたちだと考えています

でも、その中に立っている者としての矜持は、
しっかり持っている必要があると感じるんです

保育園の中では添え物でも、強靭な軸は大事なんですよ

50巻もありますが、 私はぜひ「大人たちを見に行く作品」として
読んでほしいなと思っています

▶️ こちらでも、この作品から引用させてもらいました (参照しているのは、机くんですけど)

Q:本を読むのが苦手なんです
「本を読むのが苦手なんです」私も「面白そう」と思って買った書籍が今そこに…(汗)お金をかけて買った本ですから、読みたくないわけじゃない。「読まなきゃ!」と思うと学校の宿題のように手を出し難くなるんです。だから、まずは表紙を開いてみません?それができれば十分ですよ

近未来の東京を描いたロボットもの──
と思われがちですが、これは「公務員」を描いた作品です

主人公たちは、現役の警察官ですからね
(ちなみに連載開始は1988年──近未来のはずが、とっくに追い越してます)

私が好きなのは、第二小隊隊長の後藤警部補です

警視庁内でも昼行燈とされる係長ですが、
かつては“カミソリ後藤”とも呼ばれた切れ者です
この人の言葉には、時々ハッとさせられます

18巻に、こんな場面があります

防げなかった事件を前に、
主人公の泉巡査が「私たちは何もできないのか」と食い下がる

後藤隊長は、反論もしなければ、慰めもしません
警察の仕事は本質的にいつも手おくれだと認めたうえで、こんなふうに返します

「警視庁には数万人の警察官がいるわけだが、
 その全員で被害者の命運を背負っちゃうんだ」って
「だから、 一人で抱え込んだような顔をするな」、と

後藤隊長は、
自分たちは警視庁の一員であり、
警察官はそれぞれの任務に当たりながら、
被害者を救うべく目の前の職務に当たっていることを伝えているんですね

私は保育士として、この考え方にずいぶん助けられています

保育園で働くということは、組織の一員になるということです

私は、同僚の保育の一端を握っているし、
同時に、私の保育も誰かに支えてもらっている

給食の先生が作ってくれるから、私は食事の場面に立てる
園長・副園長が事務を担ってくれるから、私は保育室にいられる
隣のクラスの保育士が声をかけてくれたから、私が見落としていたことに気づける

つまり、「自分の保育」なんて完結したものは、どこにもないんですよね

だから私自身も、
「私は保育園児全員を保育している」という感覚で
毎日を過ごしています

そう考えたほうが、
なんというか、チームで保育をしているんだと
肩の力がいい感じに抜けると思っています

アニメ化でも話題になった作品ですね

天動説と地動説をめぐる作品ですが、
作者の魚豊さんも語っている「地動説って、史実では実はそこまで迫害されていなかった」という点も含めて、
「思い込み」を哲学的にほじくった作品だと思っています

つまりは「常識を疑え」ということ
ましてやプロであるなら、自分すらも疑う対象だと、
私はひしと感じました

例えば、運動会
どうして最終競技がリレーなのか説明できますか
全園児が一堂に会する必然性は
そもそも、運動会は必要なの

「当たり前」と思っているものを、
改めて考える、疑ってみる、反証してみる、
反対の立場で自分自身とディベートしてみる

そういう作業をすると、新たな気づきが得られるのです

でも、いきなり自分の常識と対話するなんて難しいですから、
まずは「チ。─地球の運動について─」を読んで、
「世の中の常識と、自分の信念の向き合い方」を
ちょっとだけでも想像してみてはいかがでしょうか

アニメでも有名な作品ですから、タイトルくらいはご存知の方も多いでしょう
魔王を倒した勇者が亡くなったあとの世界を描く作品です

RPGなら、魔王を倒してエンディングですからね
その先を描くというのは、なかなかチャレンジングです

主人公のフリーレンは、1000年を越えて生きるエルフ
旅をした仲間が老いて、亡くなっていく中で、
彼女だけが変わらずにあり続けます

若い弟子たちを育てる過程も描かれるのですが、
私にはこの作品、「時代の移ろい」の物語と感じています

かつて人を殺す魔法として恐れられた「ゾルトラーク」が、
今では誰もが使う一般魔法になっている

勇者たちが魔王を倒したときとは、
“常識”そのものが変わってしまっているんですね

これ、保育でも同じことが起きていませんか

私が働き始めた頃から20年近くの間にも、
保育を取り巻く環境は大きく変化してきました
当時は手書きでクラス便りを作っていたのが、
パソコンで書類を作成するようになり、
今やタブレットで連絡帳を書いていますからね

その時代の中で、自分を変えるのか、変えずに貫くのか
フリーレンも、我々より遥かに長い生涯の中で、選択をしているのです

小児精神科を描いた作品です

こう聞くと、
医師が子どもたちの困難さを解決していく話でしょ?
と思われるかもしれません

でも、そんなに世の中は甘くないですよね
この作品でも、 スッキリ解決という場面は、なかなかありません

何より、診療している医師自身が、
特性から生活の困難さを抱える当事者です

つまり、診療する話でもあり、当事者の話でもある

保育士として子どもの「困った」に向き合うとき、
その困難を外側から眺めるだけでは見えないものがあります

この作品を読むと、 その解像度がほんの少し上がる気がしています

テナーサックス奏者、宮本大の物語です
現在はシリーズ4作目が進行中ですね

彼が世界的なジャズプレーヤーになることだけは確定していて、
そこまでの変遷をずっと描いている作品です

取り上げたいのは、シリーズ3作目『BLUE GIANT EXPLORER』での話

ダイが、サックス教室のバイトを請け負う場面があります
バイトですから、 プロのプレーヤーとしてはプライドに関わる話ですよね

でもダイは、サックスを習う彼らと真正面から向き合います
生徒は曲者ばかり
習うことに後ろ向きな人さえいる

そんな彼らに、ダイはひとつの提案をします
コンサートを開こう、と

周囲は失敗するんじゃないかとヤキモキしますが、
ダイはとにかく「演奏する楽しさ」を感じてもらおうと、
一人ひとりに向き合っていきます

かくして本番のコンサートは、
それぞれが自分の楽しさを発揮して、大団円に終わるのでした

……と、ここまでならよくある話です

この後、ダイたちはニューオーリンズへ向かいます
ジャズの聖地とも言える街です

そこでダイは、一人の老人と出会います
この街のことなら何でも知っている、という人です

ダイは尋ねます
日本人の自分がこの街でジャズをやっていることを、
あなたはどう思いますか、と

老人は答えます(以下、意訳です)

ジャズは100年前、この街で生まれた
それが遠いアジアの国まで届いて、
100年かけて反響して、戻って来たんだろう
最高にクレイジーで素敵なことさ
違うかい?──と

ダイは拳を握って、ひとこと
「おしゃ!!」

サックス教室でダイがやったのは、
上手くさせることではなく、
「演奏する楽しさ」を実感してもらうことでした

そしてニューオーリンズで、
自分自身もまた、
誰かが楽しんだことの反響なのだと知ったのです

ジャズの楽しさを渡す側と、渡された側──
それがダイの中でつながった瞬間だったのだと思います

私の保育は、目の前の子どもたちにしか届きません

ただ、この子たちと楽しく毎日を過ごし、
その成長を見守ることが、
もしかしたら、いつかの、どこかの、誰かに響くかもしれない

何かを起こそうというのではなく、
ただただ、目の前の子どもたちに専心しようと、
改めて思ったのです

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