“安心”を因数分解する──子どもの姿が違って見えた話

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「保育の因数分解|子どもの安心を考えてみる」のサムネイル。「自分でやらない子」が違って見えた話というタイトルと、右側に母親に駆け寄る幼児のイラストが描かれている やってみたよ!こんな保育

こんにゃちは、猫月です😺

私が保育の中で心懸けているのは、
物事の根っこは何かを考えるために、
いったん“因数分解”してみることです

子どもの行動だけを見て、
「どうしてできないんだろう」
「どう声を掛けたらいいんだろう」
と考えるのではなく、
その行動の背景には何があるのかを、一つずつ考えてみます

今回は、「子どもの安心」を因数分解します

ある日の給食で、2歳児クラスのSちゃんが、
サラダの器を「これ、いらない」と、
私に差し出してきました

ありますよね、こういう場面

私はそのとき、こう応えました
「そっかぁ、いらないのかー
 で、どれが食べたくないの?」

そう言いながら、サラダの中の野菜をひとつずつより分けていきました
きゅうり🥒にんじん🥕コーン🌽──
「これは?」「これは?」と確認しながらよけていくと、
きゅうり以外は全部食べられたんです

「きゅうりが苦手だけど、自分でうまく言えない」
それだけのことだったのかもしれません

でも私が気になるのは、もう一歩奥のことです

Sちゃんからすると──
・苦手を認めてもらえた
・伝えきれない気持ちを代弁してもらえた
・自分のために行動してくれた

そういった思いが生まれて、
給食の時間が少し「安心できる場面」に変わったのではないか
ということです

動物には、生命の危機を感じやすい場面があります
「眠るとき」、「食べるとき」、「排泄するとき」です

これらはも、外敵に対して無防備になる瞬間です
だから、本能的に警戒心が高まります

赤ちゃんが眠くなると泣き、お腹が空くと泣くのも、同じ理由です
保育園の子ども達も変わりません
・午睡の時間になると遊ぼうとする
・食事をなかなか食べない、ぐずる
・オムツ替えを拒む

背景にはいろんな要因があります
疲れて切り替えられない、もっと遊びたい、甘えたい
そういう気持ちもあるでしょう

ただ、そこには本能的な不安が隠れていることもあるのです
本人が意識してそうしているわけでもなく、
本人にもどうしようもない場合もある、ということです

では、「安心」はどこから来るのでしょう
因数分解してみましょう

子どもの安心 =
・自分の存在を肯定されること(気持ちを受け止めてもらえる)
・予測できること(次に何が起きるか分かる)
・選択できること(自分で決められる余地がある)
・困ったら助けてもらえること
・見守っている大人自身が落ち着いていること

これらが揃っていくことで、子どもは少しずつ安心できるようになります
逆を言えば、どれか一つが欠けるだけでも、不安が生じやすいということでもあります

冒頭のSちゃんの話で言えば、
「きゅうりを選り分けていく」という行為は、
「存在の肯定」と「選択できること」を同時に満たす関わりだったわけです

子どもの不安に寄り添うには、
まず「そのままを受け止める」ことが出発点になります

ここで少し、あなた自身のことを考えてみましょう

あなたは、上司から今まで経験したことのない業務を頼まれました
「仕事なんだからやってね」と言われるのと、
「初めてだから不安かもしれないね。わからなかったら声をかけて」と言われるのとでは、
どちらが「やってみよう」と思えるでしょうか

ヒトは、自分の気持ちを受け止めてもらえると、安心できます

「不安で良いんだよ」と受け止めてもらえることは、
自分の存在を肯定してもらえた、と感じることにつながります

それを踏まえて、子どもと向き合う場面ではこうしてみてはどうでしょう

ステップ① 受け止める
「寝たくないのね」「食べたくないのね」「片付けたくないのね」
まず一度、子どもの気持ちをそのまま言葉にします

ステップ② Iメッセージを伝える
「私はあなたに、身体を休めてほしいと思っているよ」
自分の思いを「私は〜」という形で伝えます

ステップ③ 選択を渡す
「絵本を1冊見てから寝る?それとも今お布団に行く?」
小さくても良いので、自分で選べる提案をします

これは、子どもに言うことを聞かせる手順ではありません
子どもとともに、安心を作っていく手順です

以前、2歳児の保護者から
「夕方も園庭で遊ばせてください」という
くり返しの要望がありました

夕方はパートスタッフが退勤するため大人の目が減り、安全の確保が難しくなります
すぐに「はい」とは答えられない要望でした

私は、その要望の裏を考えてみました

その子は3月生まれで、体も小さい
小学生のお姉ちゃんと比べると、いろんなことが”不器用”に見えることもある

──もしかして、我が子の成長が心配なのではないか?

「もっと遊ばせれば、追いつけるんじゃないか」
そういう不安が、あの要望の根っこにあったとしたら

そこで私は、その子がここ最近でどんな成長を遂げているかを、ひとつひとつ共有しました
言葉が増えたこと
前後を間違えながらも着替えるようになったこと
保育士を模倣してバランス遊びができるようになったこと
彼ならではの、得意なことにも触れました

話し終えると、
「そうですね、本当に成長しましたね」と
保護者は少しほっとした表情をしていました

その後、同じ要望は来なくなりました
「もっと遊ばせて」という言葉は、不安のシグナルだったのだと思います

子どもの泣き声と同じように、
大人の言葉の裏にも、不安が隠れていることがあります

ここまで、子どもの安心、保護者の安心について話してきました

最後にもう一つ
子どもの安心を支えるためには、関わる大人自身も安心していることが必要です

子どもの泣き声を聞いて
「早く泣き止ませなければ」と焦るのは、自然なことです

泣き声には、本能的に危機感を抱かせる力があります
ただ、焦りを抱えたままでは、子どもの不安を受け止める余裕がなくなります

そこで大事になるのが、
自分が今、不安になっていることを自覚することです

自分の不安を受け取れると、
子どもへの関わり方が、少しずつ落ち着いたものに変わっていきます
子ども→保護者→保育士
安心は、連鎖します

子どもが如何なく成長できるのは、
安心できる場所や相手があってこそです

その環境を整えられる専門性が保育士にはあるし、私が務める仕事だと思っています

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