保育を辛くしないためのプチワーク#5 「ダメ」を言わない関わり方

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みんなのQ&A

こんにゃちは、猫月です😺

うちさんからのプチワーク⑤です

今回のテーマは、要約すると
「ダメ」「やめて」で止める前に、“言わずに済む”工夫をしよう
です

ナツキ
ナツキ

「ダメ」「やめて」と言わずに……?
でも、危ないことは危ないし──
確かに、言いたい言葉ではないですけど……

猫月
猫月

そうなぁ、危ないものは危ないよね
重要なのは、止めたい行動が起こらず済むように、
保育環境や関わり方で止めよう、ってことだね

ナツキ
ナツキ

猫さんは、
そういう環境や関わり方の工夫ってしてるんですか?
私には、どうしたら良いのか思いつかないです…

猫月
猫月

じゃあ、私が参考にしている考え方を
ひとつ紹介しようか
仕組みが分かると、工夫のアイデアが出やすくなる

まずは、行動心理学の奥田健次先生の話(著書『叱りゼロで「自分からやる子」に育てる本』)を手がかりに、
子どもに「今は困る行動」を“否定や脅し”ではなく伝える方法を一緒に考えてみましょう

まず、奥田先生の「行動心理学」を、ざっくり説明します

ナツキ
ナツキ

あの、あまり難しい話は……
覚えられませんっ!!
ごめんなさいぃぃぃ……

猫月
猫月

まぁまぁ、ザッとした説明にするから
簡単にいうなら──
子どもは“得”な方を選ぶって話だよ

「行動心理学」の「人は、メリットがあることをやろうとする」を簡単に説明しています。
本棚をよじ登っていること、電車ごっこをしている子を比較しています。
よじ登っている子のメリットは、好奇心を発揮できるか
電車ごっこしているこのメリットは、穏やかにじっくり遊べるか
という焦点の違いが姿に表れていることを解説しています

保育園の子どもにとって、
大人が言う「良い/悪い」を判断して選ぶのは、まだ難しいことが多いです
(もちろん個人差はあります)

では、子どもはどうやって選んでいるかというと、
かなりシンプルに「自分のメリット」で選んでいます
もっと単純に言えば、「これ、面白そう!」です

だから、おとなしく遊んでいる子が「良い子」という話でもありません
どの子も、その子なりのメリットを選んでいるだけなんです

これ、実は大人も同じです
図解では“室内”なので、活動的な遊びを「やめてほしい側」に置きました
でもこれが“屋外”だったらどうでしょう
身体を動かして遊ぶ子が望ましく見えて、
座って遊ぶ子には「もっと身体を使おうよ!」って言いたくなること、ありませんか?

ぶっちゃけ、遊んでいる子どもたちからしたら、
大人の「やめてほしい」「やってほしい」なんて、知ったこっちゃない😜
子どもは子どもの“得”で動いています

ところが、この「メリット」を、大人が強く上書きしてしまう場面があります

「行動心理学」の「人は、メリットがあることをやろうとする」を簡単に説明しています。
本棚をよじ登っていること、電車ごっこをしている子を比較しています。
「ダメ」「やめて」という注目が、かえって適切でない行動を強化することを解説しています。

大人の「ダメ」「やめて」は、
子どもにとっては【注目される】という強い出来事になります
(大人が近づく・声がかかる・関わりが発生する、ってことね)

ヒトという動物には、【注目されたい】という欲求があります
「叱られる」ことは、「褒められる」と同様、注目されるという点では同じ働きをします

だから、「ダメ」「やめて」と言うほど、その行動は強化されてしまう可能性があります
また、周囲で様子を見ていた子が「それは、大人に構ってもらえる遊びなんだ!」という誤解も起きます

ナツキ
ナツキ

ってことは……
私が今まで『ダメ』『やめて』って注意したのは、
全くの無駄だったんですか?

猫月
猫月

無駄というか──
残酷なことを告げると、
『子どもの思う壺』だった場合もあるねぇ……

「何度注意してもやめない💢」って嘆き、耳にしたことありませんか?
それは子どもが理解していないのではなく、
理解した上で、あえてやっている可能性もあります

「これしたら、大人って来るんでしょう?」
「ほら、来た!」
(で、泣いて「ごめんなさい」「わかった」って言えば、良いんでしょ?)

という遊びになってしまう、ことがあるのです
(あくまで、そういう可能性がある、という前提です)

さて、ここまでを押さえると、
「ダメ」「やめて」と言わない工夫の入口に立てます
では、ここから “得の置き場所”を変える話に移っていきましょう

子どもとの関わり方の前に、まず環境整備は必須です
なぜなら、環境が整っていれば「ダメ」「やめて」を言う機会は、必ず減らせます

これは私の職場でもよく伝えることですが──
登りたくなる棚があれば、子どもは登ります
布団があれば飛び込みたくなります
ハサミが置いてあれば、使いたくなります
それが子どもの自然な姿ですし、好奇心の成長です

「これ、このままにしておいたら子どもが◯◯しそう……」
そう感じたら、それは片付けておくのが吉です
子どもの「危ない」は、大人が用意してしまうこともある
それくらいの戒めで十分だと思います

逆に、子どもが自由に登り降りを楽しめる遊具を用意しておくのも良いでしょう
私は1〜2歳児を担任していた時、廊下や室内で功技台遊びを常設していました
よじ登る、飛び降りるができるだけでも、子どもはかなり満たされます
身体を動かしたい意欲が満たされると、他の遊びでは落ち着いて過ごせるものです

「保育室だから」と制限をかけすぎると、子どもも大人も苦しくなることがあります
禁じるよりも、「こうしたらOKなんじゃない?」を工夫する
その方が、お互いが満たされる保育環境になりやすいです

ここは少し耳が痛い話をしますが──

ベビーサークルを跨いでいく保育士はNGです🙅‍♀️
子どもは「柵は乗り越えるもの」と学習します
必ず扉から出入りしましょう
「子どもは大人の鏡である」は、常に意識したいところです

だから私は、子どもの前で掛時計の時間を調整しません
大人が高い場所に登る姿を見せれば、子どもは真似したくなるからです
「あれは大人だからOK」と言ったところで、
自我が芽生える時期は「自分と大人は対等」を証明したいもの

子どもの発達を踏まえている保育士なら、
子どもの前での振る舞いは、丁寧に選んでいきたいですよね

さて、環境も整えた上で
それでも「ダメ」「やめて」と言いたくなる場面は起こります
環境で“減らす”ことはできても、“無くす”のは難しいですからね

子どもは、時に大人の想定を超える行動をしてみせます
例えば──鉄棒の上を歩こうとする、とか(汗)
「待て、待て、待てぇい!」って言いたくなりますわな😂

子どもの行動を止めたくなる場面って、だいたいこの辺が多いのでは?と思っております

・ケガにつながりそうな危険な行動
・友だちを傷つけてしまいそうな行動
・物を壊したり、汚したりする行動
・食べ物を粗末にするなど、大人として見過ごしにくい行動

「ダメ」「やめて」を減らすためには、
子どもの「どうしてそうしたのか?」という動機の理解は大事です
でも、それと同じくらい「大人が止めたい動機」の理解・自覚も大事だと思います

あなたは、なぜ子どもを止めたいのでしょう?
それを自分に問いかけておくことも、
子どもとのコミュニケーションを考える上で大事だと思います

私は、大人が「ダメ」「やめて」と言いたくなるのは、
子どもの「やりたい」と、大人の「やめて」の間にギャップが生まれるからだと思っています

子どもは「やってみたい」
大人は「それは止めたい」
このズレが大きいほど、言葉掛けは強くなりやすいんですよね

私の基本スタンスは、こうです
「そう思いついたか!」
「じゃあ、相応しいのはこの方法じゃないかな?どう?」
子どもの“やりたい”を否定するより、受け止めた上で代替案を提案する
その方が、結果的にうまくいくことが多いんです

例えば「砂を投げる子」
1歳くらいだと、砂場で砂を投げる子がいますよね

誰かを傷つけようという意図はなく──
砂の飛び散り方が面白い
砂が何かにぶつかった時の音が楽しい
砂という自然物への探究心、好奇心
動機は、だいたいそんなところです

でも大人は、誰かの目や口に入ったら大変だと知っています
だから「やめて!」と思う

ただそれを「お友だちの目に入るでしょう?!」と言っても、子どもは想像できません
実体験がないですし、
実体験をした時はパニックで、冷静に振り返るどころではありません

環境からアプローチしようにも、「砂場をなくす」は現実的ではないですよね
仮に、園になくても、散歩先の公園にはあるでしょうから

こういう時に大事なのは、子どもの動機を満たすことです
・「砂が散る」様子が楽しいなら → 安全に散る遊びを用意する
・「砂の音」が楽しいなら → 投げずに音が出る遊びを用意する
といった提案ができます

もちろん、いつも簡単に叶えられるわけではありません
後から思えば「あの子は、これが楽しくてやっていたのかな?」と気づくこともしばしばですし、
そもそも園内で希望を叶えられないこともあります

その場合、私は(危険は止めた上で)謝ってしまいます
「大変申し訳ないのですが、あなたのご希望を叶えるのは難しいです」
「代わりに、こちらの遊びはいかがでしょうか」
大人に対応するのと同じくらい丁寧に接すると、意外と子どもは了承してくれます
100%とは言い切れませんが、穏やかに切り替えられることが多いです

アドラー心理学には、こんな言葉があります
「他者に興味を持ち、関心を寄せよ」

相手が何を面白いと思うのか
なぜ、それを面白いと感じるのか
そこに関心を寄せることで、相手の理解が深まります

保育では、このやり取りが本当に大事でして──
子どもの興味に関心を寄せると、
代替案や折衷案でも納得してくれることが多いです
自分の興味に関心を持ってくれる人は、少なくとも“敵対者”ではないですものね

例えば、おやつの場面で
小さい子が、おやつのおかわりが欲しいと泣いている
でも、残念ながらおかわりはない……

「もうないのよ、諦めなさい」と言われるのと、
「美味しかったねー、もっと食べたかったよね」と言われるのとでは、
どちらが「ない」という事実を受け止めやすいでしょうか

事実は変わらない
でも、大人の関わり方次第で、子どもの受け止め方は変わるのです

そう思えるのは、「子どもは大人の先を行くもの」だからです
私たちがあれこれ考えながら使うスマホを、子どもは簡単に使いこなしますよね
生まれて数年で、大人は子どもに追いつかれるものなんです

だから、子どもの発想は基本的に賞賛です👏
ただ、安全・危険の判断は未熟
そこで
「こういうリスクがありますよ」
「あなたのご希望に添えるやり方は、こちらではいかがです?」
を提案していくのです

子どもの「やりたい」と大人の「やめて」のギャップ──
毎回必ず埋められるとは思っていません
でも、「埋めよう」という姿勢は伝わると思います
その方が、お互いに前向きにコミュニケーションが進む

あなたは、どう考えますか?

さて、皆さんが聞きたいのは「どうやって止めるのか?」ですよね
むしろ目次からすっ飛ばして、ここだけ読んでいる人もいるでしょう
「理想論も御託もええねん、具体策が欲しいんですわ」
──って声が聞こえてきそうです😂

私が“止める”のは、基本3段階です
①名前を呼ぶ
②目を合わせる(合図を送る)
③物理的に止める
シンプルにこれです

大事なのは、言葉を足して強くするんじゃなくて、手段を一段ずつ変えることです
「名前→目→物理」で、段階を上げていくんです
それぞれ、どういう意図でそうしているのかをお話しします

名前を呼ばれて止まれるなら、子どもは
「やらない方がいい」をうっすら分かっているか、
そこで「やらない方がいいのね?」と気づけています

「名前を呼ばれる」という最小限の注目で止まってくれるなら、
私はそれが最善だと思っています

否定はしない。けれど、リスクには気づいてほしい
だから、その子の名前を呼ぶのです

「目は口ほどに物を言う」と言いますが、
目が合うと、子どもは“こちらの合図”を受け取りやすくなります
言葉より先に、「止まってね」を伝えるサインとして、目を合わせます

ただ、これをするには前提があります
子どもと目を合わせられる距離と位置にいること
危険な箇所を把握していること
子どもが次に何をしそうか、予測していること

保育士の専門性が発揮できてこそ、この止め方ができます

腕や身体で制止する。抱きかかえる。間に入る。そっと降ろす
危険な行動に入っている段階では、物理的に止めるのがセオリーです

ある程度の年齢の子なら、手の平を示すだけで止まれる場合も多いですね

そして私は、その時に「セーフ!」と声をかけます
安心させるのと同時に、「今、危なかったんだよ」を伝えるためです
(危なかったね)でも「セーフ」です

奥田先生の実践でも、目を合わせず身体で止める場面がいくつも出てきます
──注目を増やさず、行動だけ止める
ただし奥田先生は「手法を真似ないでください」とも書かれています
大事なのは、“何のために” “どういう意図で” それをするのか
そこは熟考が必要です

挿絵にもあった、「棚を登る子」を例に対応の話をしていきましょう

まず、棚を登ろうとした時点で名前を呼びます
「危ないよ」とか「落ちちゃうよ」まで添えれば、
大抵の子はそこで登るのをやめます

名前を呼ばれてもやめない場合は、その子の隣や棚の向こうに回って目を合わせます
目まで合わせれば、ほとんどの子は棚を降ります

それでもやめない場合は、「ごめんね」と言いつつ抱えて降ろします
降りた後は、「こっちで遊ぼうか」と身体を動かせる遊びに誘うことが多いです
代替案がなければ、ただの否定で終わってしまいますからね

ナツキ
ナツキ

…猫さん、ちょっと思ったんですけど
やめて欲しい行動に注目したら、かえって増えるんですよね?
じゃあ、好ましい行動に注目したら──

猫月
猫月

おぉっ!ナツキ、気づいたね
そうだよ。好ましい行動に注目すると、
そっちが子どもの“メリット”になりやすい

「行動心理学」の「人は、メリットがあることをやろうとする」を簡単に説明しています。
本棚をよじ登っている子と、電車ごっこをしている子を比較しています。
好ましい行動に注目することで、より強化されることを解説しています。そして、それを見ていた他の子も好ましい行動のメリットを理解します。

「やめて欲しい」ことばかりに意識が向くと、
対応方法が分かっていても、ぶっちゃけ私も疲れます
気を張り詰めっぱなしになりますしね

望ましいのは、子どもが自分で適切な行動を選べること
そのために私が意識しているのが、好ましい行動を“見つけて言葉にする”ことです

アドラー心理学では『当たり前にこそ感謝する』と言います
・自分で片付けた
・「かして」が言えた
・キレイに食べようとした
こういう「当たり前」と見過ごしがちな姿こそ、
大人がちゃんと見て、言葉にして届ける
すると子どもは「この行動でいいんだ」と選びやすくなります

保育をしていると、「いけない」ことばかりに目が行きがちじゃないですか?
そんな時こそ、「当たり前」に目を向けたいですね。

例えば──
「ほら、そろそろトイレに行きなさい」と言われるのと
「まぁ、自分でトイレへ行けるのね」と言われるのと
誘われた子が意欲的になるのは、どちらでしょう?

「当たり前」に目を向けられるのも、
また保育士のプロとしての手腕ですよ👍️

ここで大事なのは、評価するのではなく、
「電車ごっこ、楽しそうだね」など、
子どものありのままの姿を言葉にすることです

これは自戒を込めつつですが──
「子どもに言い聞かせる」
「大人の言う通りにする」
というセリフを、かつてはよく耳にしました

私も保育士になりたての頃は、先輩から
「子どもにナメられるよ」なんて嗜められたことがあります

でも、これらの言葉に潜んでいるのは、
「子どもは大人の言うことを聞くもの」という思い込みではないでしょうか

子どもも大人も、ひとりの人間としては対等です
大人の言う通りにするのではなく、一人の個として自立することが大事なのです

だから、気づき、学び、考える機会を保障する
そして、保育園というコミュニティの中で試行錯誤し、
友だちや保育士との関わりの中で、自律を身につけていく

大人の「ダメ」や「やめて」は、子どもの思考や自律を損ねているのかも……
要は、大人が考え、子どもはその意に従うということですからね
それでは、子どもは自立から遠のいてしまいます

ある時、一緒に仕事をしていた先輩が言っていました
「先生は、社会人になっても、その子についていくつもりなの?」
子どもに答えを与え続けることは、子どもの自立や成長とはかけ離れてしまいます
子どもの成長を信じ、委ね、見守り、そして一緒に考えていくこと
私たち保育士は、子どもの育ちの伴走者なのです

「ダメ」「やめて」を言わずに保育をする
──子どもの成長を信頼していれば、そもそも使う機会のない言葉なのでしょうね

さて、ある子がトイレの誘掛けに「行かない!」と主張しています
あなたなら、何と言葉を掛けますか?

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