こんにゃちは、猫月です😺
子どもたちの集団生活──
まだまだ幼い社会ですから、
お互いの思いが折り合わなかったり、
時にはぶつかり合うこともしばしばあります

猫さんって、子どものケンカを
結構見守りますよね
私なら、すぐ間に入っちゃうと思うんです

止めるときは止めるよ?
でも、なるべくしたくないかなぁ
保育園は“子どものコミュニティ”だからね

それはわかるんですけど……
怖くなりません?
私は不安で、つい止めちゃいます

“不安”っていうのは、
怪我したら…ってことでしょ?
そこを見極めるために見守るんだよ
ほとんどの大人は、子どものぶつかり合いを
「止めるもの」だと考えるでしょう
もちろん、私も“止める”場面は想定しています
ただその判断を、
停止線ギリギリまで待つだけなんです
…と言葉にすると簡単なのですが、
これがまた難しい
「私の真似をしようと思う人はいないだろうな」
という自覚も、正直あります(笑)
子ども同士の社会は、
混沌──つまり“カオス”に満ちています。
でもそのゆらぎの中でこそ、
社会性や関係調整の力が伸びていくのも事実です。
私は、保育の中にある“カオス”を
適切に提供し、必要に応じて取り除いていくことが、
「保育環境を整える」ことだと思っています
今回は、いくつかの保育場面を通して
「あなたならどうする?」を一緒に考えながら、
私がどんな見極めをしているのか──
そのお話をしていきたいと思います
おもちゃの片付け、どうする?
おもちゃが部屋中に散らかっている──
あなただったら、どうしますか?
子どもに片付けさせる?
それとも、大人が片付ける?
「自分で片付けをできるようになってほしい」
そんな願いを持つ方も多いでしょう
同時に、
「踏んで転んだら……」
「まず整理整頓を知らせなきゃ」
そんな思いも頭をよぎりますよね
私は、子どもの様子に合わせて対応を変えています
子どもが一時的に離れているだけなら、
そのままにして、遊びが維持されるようにします
一方で、もう遊んでいたこと自体を忘れているようなら、
足場が空く程度に、それとなく片付けます
「子どもが遊んだものなんだから、
子どもが片付けるべきでは?」
そんな意見をもらうこともあります
ただ、保育環境を整えること自体は、
保育士の役割です
とはいえ、
子ども自身に片付けを身につけてほしい
そういう気持ちも、もちろんあります
だからこそ、
安全に過ごせる程度までだけ
大人が片付けています
すべてを大人が片付けてしまえば、
子どもの成長の機会を奪ってしまいますからね
ここには、発達段階の視点も重要です
1〜2歳児であれば、
片付けをすべて任せるのはキャパオーバーです
一方、年長児であれば、
ほぼ自分たちで片付けられるでしょう
「自分で始末をつける」
それだけを基準にしてしまうと、
大人も子どもも、どこか苦しくなります
では、どうすれば片付けが身についていくのか
そこで大切になるのが、“貢献感”です
自分に置き換えて考えてみてください
「片付けなさい」と言われたら──
それは“やらされた”と感じますよね
一方で、
「ありがとう」と言われたら──
どうでしょうか
そこには、
役に立てたという達成感が残ります
行動そのものは同じでも、
子どもの中に残るものは、まったく違うのです
おもちゃの散らかりをコントロールする
ゼロにするのではなく、
ちょうど良い“カオス”を保つ
そんな環境づくりが、
子どもの成長を支えていくのだと、
私は考えています
「ぶつかっちゃう」を、どうする?
電車で遊ぶ子ども同士が、ぶつかりそう──
あなただったら、どうしますか?
進む向きを一方向にする?
それとも、線路をもう一つ用意する?
電車ごっこだったり
すべり台だったり
巧技台のサーキット遊びだったり
保育の中には、大なり小なり
「ぶつかりそう」な場面が
いくつもあります

「ぶつからないようにしなきゃ」
大人は、ついそう考えますよね
それはきっと、
「ぶつかればトラブルになるから」
という思いがあるからだと思います
私は、実際にトラブルになる“直前”まで、
あえて見守るようにしています
大人が進行方向を決めてしまえば、
確かに遊びはスムーズに進みます
でもそれは、
少しずつ“子どもの遊び”からズレていく瞬間でもあります
向こうから友だちが来た
「譲りたくない」気持ちもある
でも──
譲った方が気持ちよく遊べることもあるし、
自分の気持ちを表現した方がうまくいくこともある
そうした判断を、
その場で、その子自身が考えることが大切なのです
子ども同士の遊びの中で、
「こっちに進んだ方が、みんな楽しいよね」
と気づける経験の方が、
社会性の育ちとしては、ずっと価値があります
誰かと一緒に過ごせば、
思いのすれ違いや、ぶつかり合いは避けられません
それを常に大人が解決してしまえば、
子どもが相手と向き合う力は、
少しずつ削がれていきます
もちろん、
取っ組み合いになるような場面は止めます
ただ、すべてを整理しきらないこともまた、大切です
ある程度の“カオス”があってこそ、
子どもは人と関わる振る舞いを、
自分の経験として身につけていくのだと思います
「順番に並ぶ」を、どうする?

上の画は、とある保育園の
手洗い場を表したものです
見ていただけると分かるように、
子どもの列は4つあるのに対して、
蛇口は2つしかありません
何とも、不親切な設計ですねぇ……
実はこれ、
デザイナーの方があえて不親切にしたそうです
子どもの数に対して蛇口が足りない
だからこそ、
「譲り合う必要性」が環境そのものから生まれる
そんな意図が込められているのだそうです
「順番に並ぶ」という行為は、
本来、不便を解消するための手段です
ところが、いつの間にか
「守るべきルール」
「強いられる約束」
になってしまうことがあります
保育園でも時々、
「お約束でしょ!」
という声が響く場面を見かけます
そもそも、約束とは、
お互いの同意のもとに成り立つものです
その“お約束”は、
子どもたち自身が納得した上で
形成されたものでしょうか
大人は、ときに子どもにモラルを求めます
けれど本来、
そのモラルは子どもたち自身が
経験の中で作り上げていくものです
先ほどの手洗い場は、
子どもたちが
「どうしたらうまくいくか」
「どうしたら気持ちよく使えるか」
を考えるための、ひとつの保育環境なのだと思います
もちろん、
私の勤める保育園に
この手洗い場があるわけではありません
ただ、
環境の考え方としては、
とても参考になります
手洗い以外の場面でも、
同じことが言えるのではないでしょうか
子どもたちの「順番」の話
あなたなら、どう考えますか?
「静かに…!」を、どうする?
「◯◯組さんが寝てるから、静かに…!」
保育園では、
よく耳にするフレーズではないでしょうか
未満児クラスは先に午睡に入りますから、
活動時間の異なる子どもたちに
静かさを求めたくなる気持ちも、
わからなくはありません
ただ、未満児クラスで保育していると、
実際には
隣の部屋の音で子どもが起きることは、
ほとんどありません
安心できる環境で眠っていれば、
選挙カーが通っても、
救急車や消防車が走り抜けても、
そのまま寝続けているものです
以前、加藤繁美教授が
「うるさいクラスは、保育士が一番うるさい」
と講演で話されていました
私はその言葉に、強くうなずいてしまいました
「静かにして!」
という大人の声こそが、
一番の妨げになることも多いのです
大切なのは、環境です
関わる大人が声のトーンを下げること
派手な音の出る玩具を片付けること
そうした配慮があれば、
子どもたちは自然と声を小さくしますし、
無駄な物音を立てずに過ごすことができます
以前に勤めていた園で、
こんな話題があがったことがあります
「卒園式の最中、
園庭で遊んでも良いだろうか?」
卒園式を行う遊戯室は園舎の一番奥にあり、
園庭からは距離があります
さて、あなたならどう考えますか?
そのときの園長の判断は、こうでした
「ここは保育園ですから
子どもの保育が、最優先です」
卒園式に臨むクラス以外は、
普段通りの生活を続けました
結果として、
式に支障が出ることも、
保護者から不満の声が上がることも、
一切ありませんでした
その「静かにしてほしい」という願いは、
一体、何につながっているのでしょうか
モラルを身につけて欲しい?
気配りできるようになって欲しい?
実は、大人の安心のためになっていませんか?
一歩立ち止まって、
「子どもの成長のために」の視点で
振り返っても良いのではないかと思います
🎯 保育園は子どもの空間、未熟なのが当たり前
タイトルに「カオス…‼️」としましたが、
私は、それこそが保育園らしさだと考えています
保育園は、
子どもが初めて所属する社会です
当然、大人の社会と比べれば、未成熟です
その未成熟な社会の中で、
子どもたちは
「どうしたら、自分は楽しく過ごせるかな?」
「どうすると、みんなで楽しく過ごせるかな?」
と、個人と集団の社会性を育てていきます
子どもたち自身が
「こうするのが良いよね」
を考え、試し、創り上げていく
保育園は、そんなコミュニティです
保育士は、そのコミュニティの伴走者
管理人ではなく、支援者です
もちろん、
保護者から大切なお子さんを預かっている以上、
不要なケガや危険は避けていきます
同時に、
自分で考え、選び、拓いていく経験も
しっかりと保障していく
それも、保育士の大切な役割です
保育園だからこそ味わえる、
ごちゃごちゃとした社会経験
それは決して無駄なものではなく、
むしろ、欠かせない学びなのだと思います
近年、乳幼児期の「主体性」の重要性が
盛んに語られるようになりました
大きく言えば、
民主主義を大切にする姿勢を、
保育士や教育者こそが
持っている必要があるのかもしれません
保育園というコミュニティの中で、
子どもたちが
どう振る舞うのか
どう気持ちを表し合うのか
みんなで、何が一番良いのかを考えていくのか
その過程を、
急がせず、整えすぎず、
見守っていきたいですね
それがきっと、
次代を担う人間を育てるという
教育の本質へとつながっていくはずです
▶︎ 子どもが保育を創っていく実践集
▶︎ 保育園で、学校で、“民主主義”を実践する工藤勇一先生


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